こんにちは!じーにー(@Genie_Zymork)です。
今回は映画「トゥルーマン・ショー」のレビューです。
人生の全てがテレビ番組として世界中に放映されているトゥルーマンという男のストーリー。
僕の一番好きな映画「ガタカ」の監督、アンドリュー・ニコルが脚本を執筆した超名作です。(ガタカを紹介している記事はこちら)
自分の人生にレールが引かれている感じがする、解放されて自分で自分の人生を切り開きたいと感じているあなたにおすすめです!
「トゥルーマン・ショー」ジム・キャリーが演じる究極のリアリティー・ショーの主人公の物語
主人公はジム・キャリーが演じるトゥルーマン・バーバンク。
彼は、エド・ハリス演じる敏腕番組プロデューサー、クリストフが総指揮を務める、「トゥルーマン・ショー」というリアリティショーの主人公。
このリアリティーショーは、今までのリアリティショーとは一線を画した、超大規模なものとなっています。
生まれる前から彼の姿は全世界で放送されており、彼の住む場所「シーヘヴン」は現実の場所を忠実に再現されたいわば「偽物」の町で、彼以外の人々はすべて役を演じるエキストラ。
両親や配偶者、親友でさえも全てが作り物。
彼だけが全国放送されていることも、自分の周りのすべての人が役者ということも知らずに生きているのです。
たった一人、自分の人生だと信じて。
しかし彼は、徐々に自分の人生が意図的に操作されている気がする、という違和感を感じ始めます。
死んだはずの父親の不自然な登場や妻の不可解な言動などを受けて、その違和感は徐々に確信に代わっていきます。
自分の人生が誰かに監視され、動かされていると気づいた彼はどうするのか。今までの偽物の人生とどう向き合うのか。
この映画をもう一度見たとき、様々なことに気付くような無数の伏線、細かい感情の動きや、小道具、設定の緻密さに息を飲む、最高の映画です。
「トゥルーマン・ショー」感想(ネタバレあり)
人生は常識を疑い、自分で創るもの。
久しぶりにラストシーンにハッとさせられ、感動した映画でした。
設定の緻密さ、小道具の伏線が素晴らしい映画です。
今、自分自身だけがこの世界で生きていて、その他はみんな自分の人生を作るエキストラだ、と思いたいときってありませんか?
特に自分の人生がうまくいっているときや、奇跡のような僥倖に対面したときは、ポジティブな意味で自分が主人公であり、あとは脇役なんだという具合に。
もしくはとてもつらい苦難に直面したときには現実逃避として、自分のせいではなく誰かが主人公を邪魔するヴィランで、行く手を阻んでいるんだ、と責任転嫁することが僕はよくあります。
そんな妄想をよくする僕にはたまらない映画でした笑
ここでは僕が感じた感想や考えたことを3つにまとめてお話しします。
①自分の人生は自分で創る
リアルにこだわった精巧なシナリオが組まれていたため、それなりに本人も苦しい思いをしたかもしれませんが、その苦しみもわざと作られたものなものであったとトゥルーマンは知りました。
最後、クリストフが語りかけたように、シーヘヴンに留まれば偽物ではあるにしろ、安定した人生が担保されているということを彼は理解していたはずです。
しかしトゥルーマンはいつものように明るく「こんにちは!そして会えない時のためにこんばんは!おやすみ!」と挨拶し、シーヘヴンから出ることを決意しました。
トゥルーマン自身、きっと外の世界で今までの偽物の人生と向き合うこと、全世界の人に自分の全てを知られていること、これからの人生のこと等々、前途多難なことは理解していたでしょう。
それでも自分で本当の人生を歩む自由を選択したのです。
僕は、運命論者が語るようないわゆる「なるようになる、それが全て」といった考え方はあまり好きではないです。
それは、クリストフのような物事を動かす事のできる権力者に屈するのが嫌だとか、諦めてクラゲのようにたゆたうのが嫌、というよりかは、「自分の人生なんだから、自分で創りたくない?」という考え方です。
一瞬一瞬に無数の選択肢があり、その選択の積み重ねによって未来は常に創造されていると僕は考えます。
(余談ですが、無数に広がる選択肢のパラレルワールドが存在し、一瞬一瞬その世界線を常に移動し続けているという考え方もありますよね、個人的にはこれも好きです。)
トゥルーマンは自分の人生に運命づけられた「製作陣の思うままに動く」という自分の未来を変えようともがき、あるはずのなかった未来を自ら創ったのではないでしょうか?
最後にシーヘヴンから出ることを決意しなければ、トゥルーマンに湧き上がる衝動や夢は番組制作者の意図によって叶うことはなかったはずです。
誰に妨げられようと、自分の人生は自分で創る。それが人生だと僕は思います。
②消費されるコンテンツ
最後に何十年も続いた超人気番組「トゥルーマン・ショー」が、トゥルーマンが「シーヘヴン」を出ることにより、終了しました。
その時、視聴者が
「チャンネル変えてくれ」
とあっさり一言言うシーンがあります。
これにはシビれました。こんな痛烈なアイロニー(皮肉)があるのかと。
今まで全世界から大注目で、自らも釘付けになっていた「トゥルーマン・ショー」が、終わりを遂げた瞬間に消費され、視聴者は新しいコンテンツを求めてチャンネルを変える。
番組が終了した途端、移入していた感情は一瞬にして解放される。
トゥルーマンの気持ちになり、あんなにも一喜一憂していたのにも関わらず、興味を失い、忘れ去られる。
トゥルーマンは監督に偽りの人生を歩まされた被害者で、これからも苦しみ続けるかもしれないということは、一切気にもかけません。
視聴者はただただ娯楽を求め、とんでもなく無責任だということ。
映画の途中、クリストフを非難する声もありましたが、視聴者がクリストフを責めることはできるのでしょうか。
視聴者が求めるコンテンツを追求した結果なのではないでしょうか。
忘れてはならないのは、コンテンツに関わる人も視聴者と同じ人間であること。
それを忘れた視聴者にこの映画は警鐘を鳴らしたかったのではないでしょうか。
③「疑わない」ことは自由を捨てること。
最後にトゥルーマンが勝ち取った自由は、違和感を覚え、身の周りに起こる事象を疑い、その真実を確かめようとしたことによって得たものだと思います。
極端で単純な見方をすると、一人の人間を「シーヘヴン」に閉じ込め、その人生を見せ物したクリストフがただただ非道な男だった、というふうにも取れるかと思います。
しかし、クリストフはトゥルーマンを見せ物にする代わりに、安泰な人生を提供していたとも取れますよね。
一人の人間を何が起こるかわからない混沌とした現実世界から隔離し、慈善の心でトゥルーマンを救済する気持ちがあったのかもしれません。
しかしトゥルーマンは自由を選び、自分の人生の行く先を自分で決める決意をします。
とても自由の国であるアメリカ的な思考だと感じました。
「シーヘヴン」に留まりその世界の中で自由に生きることも自由の一つ、という意見もあるでしょう。
しかし自ら選択して「シーヘヴン」に留まるのと、知らずに閉じ込められて生活をすることは違うと思います。
そういう意味では、トゥルーマンが目の前の世界を疑い、行動した時点で彼は自由になっていたのかもしれません。
流れに逆らわず、水面を揺蕩う彼はのように生きるというのも選択の一つかもしれませんが、常識の呪縛から解放された自由度の高い人生を僕は選びたいです。
その自由を享受するためには、「世界を常に疑う」ことが必要なのかもしれません。
映画「トゥルーマン・ショー」レビューまとめ
全てのシーンに意味がある緻密な計算がなされた素晴らしい映画です。
受け取り方も一通りではなく、僕みたいに飛躍した感想を持つ人もいるかもしれません。笑
それだけ考えさせられる、深い映画だと思います。
人生で一度は見ておくべき最高の作品です。
是非見てみてくださいね。
「トゥルーマン・ショー」を見る方法は?
「トゥルーマン・ショー」はU-NEXTで視聴することができます。
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